本稿は私見が含まれた記事です。
2013年織田記念で高校3年生にして10秒01をマークし、2017年には9秒98の当時日本新記録をマーク。
日本短距離活況の立役者である桐生 祥秀 選手ですが、走りの特徴そのものがフューチャーされる機会は少ないように思えます。
今回はそんなトップスプリンター、桐生選手の事例研究の話題です。
概要
桐生選手といえば、何と言ってもキレと爆発力のある走りが印象的です。
特に加速〜トップスピードの走りは世界レベルといって過言ではなく、リレーでメダルを獲得した2016年リオ、2017年ロンドン、2019年ドーハ全てで唯一メンバー入りし続けています。
<日本男子400mR 37秒台>
— 熊田大樹 @ 陸上 Track&Field (@athletekuma) 2019年10月5日
37.43 多田 白石 桐生 サニブラウン←New
37.60 山縣 飯塚 桐生 ケンブリッジ
37.68 山縣 飯塚 桐生 ケンブリッジ
37.78 多田 小池 桐生 白石
37.78 小池 白石 桐生 サニブラウン←New
37.85 山縣 飯塚 桐生 ケンブリッジ
桐生の貢献度100%✨✨ https://t.co/sl5MNP2EHl
こうして並べられると圧巻ですね。歴代上位6つ全ての3走には桐生選手が置かれています。
研究の内容
今回ご紹介するのは、桐生選手の大学時代からのコーチである土江先生の研究「日本人トップスプリンターのバイオメカニクス的特長とその変化」です。
「特徴」ではなく「特長」ということで、走りの優れた点に着眼した研究といえましょう。
対象
桐生選手の高校2年〜大学3年生までのレースを基礎とし、最大速度付近でのデータは2015年世界陸上競技選手権、日本学生選手権のものを使用しています。
桐生選手が9秒台をマークしたのが2017年ですので、ちょうど前年までの研究ということになります。
研究内容
主に桐生選手と学生トップ、世界トップ選手との比較がなされています。
陸上競技の研究ではゴールタイム、それを構成するピッチ(秒間あたりの回転数)/ストライド(歩幅)、疾走速度を指標とすることが多々ありますが、この研究でも次の式により各指標を算出しています。
最高速度下での接地時間(Tcon)、空中時間(Tair)から接地空中比を算出しています。
また、同区間における接地中の移動距離(SLcon)と空中での移動距離(SLair)は以下のとおりです。
結果
算出されたデータは以下のとおり。
ストライドはある程度身長に依存するものであり、ピッチとはトレード・オフの関係にあります。
それらを加味しても、桐生選手は高いピッチにより走速度を獲得しているようです。
では、なぜ学生トップと遜色ないストライドを獲得できているのかといいますと、際立った接地時間(Tcon)の短さによるものと考えられます。
世界トップが92ms±5.4ms、日本学生トップが90ms±5.2msであるのに対し桐生選手は82ms。
ms=1/1000秒ですから、トップ選手と比較しても0.01秒ほど接地時間が短いということがわかります。
たった0.01秒ですが、これが100m47歩とすると最終的には0.47秒もの差になります。
これにより接地空中比も143%という驚異的な数値が出ており、まさに「飛ぶような」走りであることがわかります。
接地中の移動距離(SLcon)も際立って短く、これについては以下のように考察されています。
桐生のSLconは0.93mで,Tconと同様に,今回の分析対象選手の中ではもっとも小さな値であった.
もっとも大きかったのは世界記録を保持する世界トップA で,世界トップAと比較すると26cmも短く,世界トップの平均値からも15cm,日本学生トップと比較しても8cmも短い.
これは桐生が地面を「点」で捉えるような走りをしていることを意味する.
まとめ
桐生選手の走りの特徴として、下記の点が浮かび上がってきました。
・ピッチ型の走りである
・ストライドは学生トップと遜色ない
・接地時間が短い
・接地中の移動距離が短い
接地時間が短く接地中の移動距離が短いということは、タイミングがシビアであることを意味します。
桐生選手が力んでしまった時に走りを崩しやすかったのは、走りの特徴も影響していたのかもしれません。
スプリンターとしての能力が高水準でまとまっている桐生選手ですが、今後のパフォーマンスアップについては以下のとおり考察されています。
桐生の記録の向上を考えた時,接地時間をこれ以上短くすることは現実的ではなく,接地距離を伸ばすことにより,接地時間を変えずにストライドを伸ばす方法が現実的であると思われる.
接地中の移動距離を伸ばすということは、地面を弾く、叩くというより足を置く、地面を撫でるような走りがマッチしているということでしょうか。
確かに翌年の9秒98のレースは、結果としてそのような足運びになっていたように見えます。
あとはどれだけ再現性を高めていけるか。今後の桐生選手の進化に注目したいですね。
今回はここまで。