向かい風参考記録

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走りの「接地時間を短く」という指導や意識づけは有効なのか

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caution!

本稿は私見が含まれた記事です。

足が速い選手は地面に接している時間、いわゆる「接地時間」が短いというのは陸上競技者の間では周知の事実です。

そのため短距離・長距離問わず指導の現場でも「接地時間を短く」といった指導がなされることがあります。

しかし「接地時間を短く」という指導には賛否があるのも事実です。

今回はこのことについて好き勝手書いてみたいと思います。

概要

「走り」というものをものすごく大雑把に分けると「地面に接している局面」「滞空している局面」に二分することができます。

両足とも地面から離れる瞬間があるのが「歩き」との違いです。 

当然ながら、この2つの局面の所要時間を短縮することがピッチ(回転数)の向上に繋がるわけですが、無駄な上下動を無くしたところでストライド(歩幅)を稼ぐためには最低限の滞空時間が必要です。 

事実、トップレベルの選手はより短い接地時間でストライドを得ていることがわかっています。

接地時間を短く、は有効な指導か

では「接地時間を短く」という指導は有効なのでしょうか。

そもそも、速い選手はメチャクチャ高速で動くランニングマシンの上を走っているのと似た状態にあります。悠長に地面を捉えていては転んでしまいますので、結果として接地時間が短くなっているという説があります。

また、接地時間というのは0.1秒前後です。果たして0.1秒前後の運動をそう簡単に意識して短縮できるのでしょうか。

私見ですが、ドタドタした走りの非熟練者には「接地時間を短く」という指導や意識づけは有効かもしれませんが、熟練者にはあまり有効ではないと考えています。

論文の内容

では「ある程度の熟練者」とはどのくらいのレベルなのでしょうか。

接地時間単体にフォーカスした研究ではありませんが、今回は城西大学の研究「最大スプリント走時の走速度,ピッチ・ストライド,接地・滞空時間の相互関係と,競技力向上への一考察」をご紹介したいと思います。

ご存じ桐生選手のコーチであります土江 先生らの研究で、走速度とピッチ、ストライド、接地時間、滞空時間との関係を調査しています。

対象

大学の陸上部に所属する17名が被験者のようです。

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 標準偏差から見るに100m10秒台中頃〜11秒台前半の選手が対象のようです。

実験内容

10mの接地測定装置を設置し、そこを通過する際に最大速度になるよう助走付きで全力疾走を行なっています。

装置により得られたデータからピッチ、ストライド、接地時間、滞空時間を測定しています。

結果 

走速度は平均で 9.54±0.37 m/s、最大10.42 m/s、最小8.90 m/s。ピッチ、ストライドはそれぞれ4.68±0.23 stp/s、2.04±0.11 m だったようです。

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10.42m/sということは100m11秒を切るくらいの感じでしょうか。こういう実験はシーズン真っ只中にやることは少ないので、オフ期かプレシーズンだとすると流石の数値です。

では肝心の走速度と各種パラメータの関係はどうかといいますと、下記のとおりです。

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「走速度」の欄を見ていくと「ns(Not significant)」となっています。これは統計的に有意な相関が認められなかったことを示します。

今回得られた各種パラメータでは「走速度と関係がある」といえるものはなかったということです。 接地時間についてもピッチやストライドとの相関関係が見られませんでした。

これについては考察で下記のような解釈がなされています。

これは本研究の被験者が比較的レベルが近い集団であるために, 走速度との相関がみられなかったと推測される。

また言い換えれば, レベルの近いスプリンターでは, それぞれの特長に合ったピッチとストライドを選択しており, ピッチとストライドそれぞれで走者間の走パフォーマンスを説明することはできないと考えられる。

ということで、似た研究をご予定されている方はN数を多くして競技レベルをもう少しばらつかせた方が良さそうですね。

ちなみに接地時間についての考察はこの通りです。 

滞空時間は接地中の鉛直方向への力積に依存するため (Hay 1993, 土江 2004), 接地時間が短縮する代わりに接地中の鉛直方向への力の大きさを大きくする必要があると考えられる。

しかし, 単に接地時間を短くするように意識することにより, 接地中の鉛直方向への力の発揮が弱まったり, その反力を受けにくくなったりすることも考えられる。

より短時間で大きな力を出すように, 高速度域での筋力 (Tsuchie et al. 2008, 渡邊ら 2003), RFD, 伸張反射や筋の粘弾性 (Kubo et al. 2000, 安部ら 1998) を有効に利用する技術的工夫など, 体力的, 技術的, 意識的な向上や必要があると考えられる。

単に「接地時間を短く」という意識づけでは、鉛直方向への出力が弱まる(踏み込みが浅くなる)可能性があるということでしょうか。

まとめ 

・「接地時間を短く」という指導は競技レベルによっては有効ではないと思われる

・熟練者に対しては単なる意識づけだけでは不十分な可能性が高い

特に熟練者において接地時間の短縮は単なる意識付けだけでなく「より短時間で大きな力を出す」トレーニングとセットにする必要があると考えられます。

私も指導の現場ではつい言ってしまいがちですが「接地時間を短く」という指導は、思った以上にデリケートかもしれません。

 

今回はここまで。