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キリアン・ムバッペは本当にウサイン・ボルト並のスピードで走れるのか

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どうも、森です。

今回はちょっと雑学チックな話です。

 

陸上競技に限らず多くのスポーツで、選手の「足の速さ」は大きな関心事であるといえます。

メジャースポーツでは「陸上競技選手並みの俊足」と称され、タイムを世界記録並みに申告する選手もいるほどです。

中には「嘘も百回言えば真実になる」 というように、デマが本当の情報のように拡散されてしまったケースもあります。

今回はその一つ「キリアン・ムバッペの疾走速度は44.7km/h(ウサイン・ボルトの最高速度と同じ)」というド級のデマについてご紹介します。

概要

キリアン・ムバッペはフランス出身のサッカー選手です。現在はパリ・サンジェルマンでプレーしています。

話題となったのは2017年、リーグ・アン第17節のリール戦。この日を前後にこのような情報が散見されるようになりました。

(前略)リールも3人のDFが後ろから懸命に追いかけたが、全く追いつくことができず、若き怪物にスピードでぶっちぎられている。

フランスのサッカー記者、ロビン・バイルナー氏によると、ゴールまでの流れでトップスピードに乗ったムバッペは最高速度で「時速44.7キロ」を記録。平均速度でも「時速36キロ」に達していたという。

同氏は「100メートルの世界記録を打ち立てた際のウサイン・ボルトの平均速度『時速37.5キロ』よりもほんの少しだけ遅い」と綴った。

これを英『THE Sun』などが取り上げており、同メディアは「オリンピックのスプリンター並みの速さ」や「信じられないほどのスピード」と報じている。

theWORLD より引用

この「最高速度44.7km/h」というデマが広く拡散されたため、現在でも少なからぬ人が「ボルト並みのスピードで走れるサッカー選手がいる」と信じてしまっています。

むしろボルトより速いことになっています。

なぜデマだと断言できるのか

陸上競技者の間では割と知られた情報ですが、実は100m走の記録と最も相関が強いのは「最大疾走速度」です。

「スタートからの初速」でもなく「速度の逓減率(どれだけ失速したか)」でもなく「最大疾走速度」が重要です。

ですから、すごく雑な言い方をしてしまうと「多少スタートで出遅れようが後半失速しようが、最高速度が高ければ良い記録が出る」といえます。

(12秒台より遅い展開のレースですと速度の逓減率の関わりが大きくなったりしますが、ここでは割愛させて頂きます。)

ちなみに桐生 祥秀 選手が100m9秒98をマークした際の最高速度は65m地点での11.67m/s。時速換算すると42km/hちょっとです。

本当に最高速度44.7km/hが出せるのであれば、桐生選手とヨーイドンで100m対決しても勝ててしまうということになります。

デマの出所

デマの出所は、先程の引用にも出てきましたサッカー記者のロビン・バイルナー氏と思われます。 

どうやら「試合中の最高速度36km/hがウサイン・ボルトの100mレースの平均速度に匹敵」という話から「ウサイン・ボルトの速さに匹敵→最高速度に匹敵」といった盛られ方をしてしまったようです。

ちなみに36km/hが本当だとすると、だいたい100m11秒台前半の選手の最高スピードに相当します。サッカーの試合中に出たというのが本当であれば、これでも相当速い記録といえます。

ピッチ・ストライドの比較

せっかくなので、両者のピッチ(1秒間の足の回転数)とストライド(歩幅)を比較しながら、ムバッペが最高速度44.7km/hをマークするために必要な条件を考えてみましょう。

ウサイン・ボルトの疾走スピード

本当は2012年ロンドンオリンピックで9秒63を出したときの最高速度の方がちょっとだけ速い…なんてデータもありますが、今回は2009年に世界記録9秒58をマークした際のデータを参考にしましょう。

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f:id:Wetland:20190617010616p:plainBiomechanical Analysis of the Sprint and Hurdles Events at the 2009 IAAF World Championships in Athletics より引用

単純計算で最高速度は44.42km/h。よく紹介されている最高速度44.6km/hや44.7km/hはロンドンでの数字でしょう。

最高速度は68m手前なので、ピッチは4.49歩/秒だとするとストライドは約2.75m/歩ということになります。ストライドは身長比でいうと約1.4倍。

総歩数41歩から見た平均ストライドは約2.44m。身長比で約1.24倍です。

JAAFが100m10秒0台の選手のデータを公開していますが、日本のトップでも身長比1.20倍くらいです。いかにボルトが異常なストライドかがわかります。

キリアン・ムバッペの疾走スピード

まずはピッチ(回転数)を見てみましょう。

リーグ・アン第17節のリール戦でディフェンダーを振り切り、スライディングでちょっと減速するまでの5歩を計測してみました。

秒間25コマ(1コマ0.04秒)に分解してみると、5歩で29コマでした。

接地・離地の分のコマ飛びを大目に見て28コマとすると、1歩あたり5.6コマ(0.224秒)。この場合ピッチは約4.46歩/秒です。

ストライドは専用の画像解析ソフトでも無ければ計測できませんが、仮に疾走速度が36km/h(10.0m/s)とすると1歩あたり約2.24m必要になります。

ムバッペの身長は178cmのようですので、身長比でいうと1.26倍です。

44.7km/h(約12.4m)を出すならば、1歩2.78m。ボルトを上回る身長比1.56倍が必要です。

ちなみに「人間のスプリントでの限界値」とされる秒間5.0歩を刻んだとしても1歩2.48mを要しますので、身長比1.39倍。

ちなみに身長比1.39というのはタイソン・ゲイやアサファ・パウエルよりも高い数値です。 

まとめ

ここ最近では政治にまつわる「フェイクニュース」が話題になっていますが、スポーツでもこういったフェイクはそこかしこにあると思います。

スポーツやフィットネスにまつわる情報も、今後はよりリテラシーが問われることになるかもしれませんね。

 

今回はここまで。